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2008年 11月 27日
最近、やりきれない事件が続く。そして、その事件の背景に対する世間一般のとらえ方(つまりマスコミ報道ですが)の浅さにもまた、やりきれなくなる。大抵の事件の背後にはトラウマが関係しているのに、そういった視点から読み解く報道もないし、そもそもトラウマの本質を世間がほとんど理解していないと思うと、いたたまれなくなってしまう。
ここ数日の最も大きなニュースは、厚生省元幹部の殺人容疑者の逮捕だ。容疑者が動機として「子どもの頃飼っていた犬を保健所に殺された」ことを挙げているのに対し、突拍子もない動機だと世間はとらえているようだ。でもそういう捉え方は、トラウマの本質というものをまったく理解していない。 私は日々多くのクライアントと接している経験から、子ども時代に自分の留守中に黙ってペットを保健所に連れていかれたり、親から「保健所に連れて行け」と言われてやむを得ず自分の手で可愛がっていた動物を保健所に連れて行ったりすることが、子どもの心にどれほどの大きな傷を残すかを知っている。そして、トラウマの大きな特徴は、トラウマを受けた時点でその人の時間が止まってしまうことだ。この事件の容疑者にとっても、彼の時間は彼の大切な犬を保健所に連れていかれた数十年前のままで止まってしまっていたに違いない。 大抵のケースでは、そうした人生を変えてしまうようなつらい出来事があっても、その後成長していく過程で良い恩師やパートナー、友人に巡り合い、少しずつその傷を癒しながら前へ進むことができる。しかし、中にはそういった資源をその後の人生でまったく手にすることができない人がいる。 彼はおそらく、犬が子ども時代の自分の唯一の友人だったのかもしれない。友達がたくさんいて、家族の愛にも恵まれた子どもが、何かのきっかけでうっかり保健所に犬を連れていかれたというようなケースではおそらくなかったのだろう。きっと親も、そのことが本人にとってどれほどの傷になったのかに気づかなかったに違いない。そもそも、それに気づくような親であれば、犬を保健所に連れていく前に別の選択肢を考えただろうし、仮にやむを得ず保健所に連れていくにしても、彼の分かる言葉できちんと彼に対して説明しただろう。そういうケアがない中で、突然自分の一番の親友を失うということは、小さな子どもにとっては目の前で人間の友達が射殺されるのと同じくらいの衝撃である。そして、何度も言うが、トラウマを受けた人間にとって、時間はその時点で止まってしまう。「何をそんな昔のことを今さら」ではないのだ。そもそも、犬を殺されたことの恨みの矛先が保健所-厚生省へ向くことこそまさに、子どもの論理の飛躍(とても40代の人間の思考回路とは思えない)とは言えないだろうか。殺人はもちろん許されるものではないが、彼がそこまで傷ついていることに、彼がもっと若いときに周囲の人間が気付いて適切なサポートを差し伸べられなかったことに対しては、本当にやりきれなく思う。 同じく、トラウマにまつわる別の事件が今朝の朝刊に小さく出ていた。元タレントの女性が交際相手の背中を刺して殺したという事件の判決の記事だ。被告の女性は、交際相手からの暴力を受けていたといい、「刺した記憶がない」と話しているという。トラウマを日常的に受けている人間が、何かのきっかけでエネルギーが暴走し、解離状態の中で犯罪を起こすことはよくある。これはすべて、トラウマというショックに対する身体の反応がなせる技なのだ。私のトラウマ療法の師ピーター・リヴァイン博士は、こう述べている。 ・・・レイプされた女性がショックから抜け出すとき(それは何か月も何年も後のことがよくあります)、彼女たちはしばしば、加害者を殺したいという騒動を感じます。彼女たちが実際に加害者を殺す機会を持つ場合もあります。こうした女性たちの中には、時間の経過のせいで計画性があるとみなされ、裁判で「謀殺」の罪を宣告された人もいます。そこで起きたと思われる生物学的な反応に対する無理解から、不当な処罰が行われた可能性もあるでしょう。こうした事件を起こす女性たちの多くは、動揺する硬直反応から抜け出す際に体験する、深い(そして遅延性の)怒りと反撃の自己防衛反応を行動に移していたのかもしれません。こうした報復は生物学的に動機づけられたのであって、必ずしも計画的な復讐とは言えないでしょう。こうした殺人事件の中には、トラウマ後のショックを効果的に治療することで防げたものもあるかもしれないのです。 (ピーター・リヴァイン著「心と身体をつなぐトラウマ・セラピー」より) この事件でも被告は懲役2年6か月の実刑判決を受けたという。まさにトラウマに対する無理解から、さまざまな悲劇が世の中では起きている。多くの専門家もまだ、トラウマの仕組みを本当には理解していないのが現状だ。少なくとも医療や福祉、心理にかかわる人々の間で、トラウマに関する真の理解が常識になる日が早く来てくれることを心から願う。 人気ブログランキングへ
by premacolumn
| 2008-11-27 10:08
| トラウマ
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